いつも様々な事を忘れている現代時報メンバーが、
さらに輪をかけて色々忘れようと、
盛岡市駅前北通りの「ばんから屋」で、いわゆる「忘年会」が開かれた。

はじめに、田村がグアム(常夏天国)旅行の報告をし、
グアム土産の「マカダミアナッツ・チョコレート」が全員に振る舞われ、
血糖値を高めてのスタートとなった。
忘年会は最近はやりの「ハリー・ポッター」の話題で盛り上がり、
「〜と賢者の石」「〜と秘密の部屋」「〜とアズカバンの囚人」のように、
「〜と」が付く事から、来年の次回作は、
「ハリー・ポッターと酒と泪と男と女」にする事が勝手に決定された。

食事を締めくくるに相応しいメニューは、おなじみ「牛モツ鍋」。
キムチ味を食べながらメンバーは「辛い」を連呼。
その後当然のように「ごはん」と「タマゴ」を投入。
舌鼓を打ちながら、来年の公演成功を思い描いた。

その後、メンバーは部室に移動して、
「マージャン&ゲーム大会」にいそしんだ。

遠藤が新入荷した「ジェット・セット・ラジオ」の難易度が予想以上に高く、

練習モードすらままならないメンバー。

缶スプレーで街中に落書きをするゲームのはずだったが、
小田島は「落書き編集モード」で、
「ハリーポッタ」のグラフィティをおもむろに編集。
ゲーム本来の主旨から大きく外れての大暴走となった。

写真は「飲むメンバー」と「グアム土産」と「ハリーポッタ」

時に、
どういう表現に人は「感動する」んでしょうと、疑問に思います。
珍しくがんばって書いた英作文の「表現力」のスコアが低かったり、
自分の気持ちが相手にうまく伝わらなかったり、伝えられなかったり、
泣こうと思って行った映画でも、感動できなくて期待はずれだったり、
表現することや表現を受けること、感動することや感動させること、
この四つの間にある不条理を感じる事があります。
最終的には、受け手の問題だと思いました。
どんなに心がこもっていても、どんなにその人のこころが表現されていても、
最終的にそれを受ける人がどう感じるかは、受ける人次第なのだろうと。
当たり前ですが。
では、
「どう感じるかは最終的には受け手次第」という文句を、
「どう感じるかは、最終的には自分次第」と言い換えてみます。
これは、「実は、すごいことだ」と思います。
私の座右の銘は、「色即是空─空即是色」です。
この言葉は、ある社会学者が好んで使う言葉で、
「周りの世界は、どうしようもなく空しく見えることもあれば、逆に
ものすごくすばらしいものに見えることもある」ぐらいの意味です。
時に、何かがふと、今までとは違ったふうに見えてしまうということがあります。
私は。
極端に言えば、
楽しいはずの日常で、人生の空しさを急に感じたり、
逆に人生への絶望のふちにあるとき、ふと空がとてもきれいに見えることに感動したり、
緩やかに言えば、
美しい紅葉が、実は木の老廃物だと知って、ふとがっかりしたり、
散って雨にぬれた紅葉が、月明かりの下で、或る瞬間、
コンクリートの模様のように見えたことが嬉しかったり、
こういうことは、私をとても満たすこともあるし、ひどく苦しめることもあります。
多分、両方のときもあります。
どっちが本当なのでしょうか?
どっちも本当なのでしょうか?
答えなどないと知っていますが、この問題が私にとっての大問題です。
誰からもこんなことを聞かれていないのですが、勝手に語ってしまいました。

誰が計らずしもこのようなコーナーができました。
内容バラバラの似非エッセイになるかと思いますが、
一種の楽しさを感じられる似非エッセイを「めざして」います。
「めざしている」だけです。